ぶらり途中下車の旅 @ NYC

b0070705_13193087.jpg1980年12月8日
最初にニュースを目にしたのはこちらの12月9日の午後、学期末試験を終え、家でボケェ〜っと昼のワイドショーを見ていた時に流れてきたニュース速報のテロップだったと記憶している。その時は「あぁ〜、死んじゃったんだ・・・」という程度にしか思わなかった。しかし、その後テレビ/ラジオで再三流される曲と追悼のニュースを見るにつれ、ジョンの死を現実のものとして受けとめたように思う。
その際、いくつもの追悼ニュースの中で、ジョンの顔写真をバックにビートルズの「Yesterday」を流しているバカな局もあったっけな・・・。「その曲にジョンは一切タッチしてないっちゅ〜ねん!アホかぁ!!」とテレビにツッコミを入れた記憶がある。
今にして思えば、あの日を境にあれだけのめり込んでいたビートルズ熱が冷めてしまったように感じている。

5年前に初めてNYを訪れた際にジョンの所縁の地を巡ってみようとセントラルパークを訪ねてみることにした。
私、誰々の所縁の地とかにはあまり興味が無い。例えばロンドンに行ってもアビーロードを車で通っただけ、時間はあったがリバプールにも行かず、カーナビー・ストリートに行っても「ふーん・・・」という程度。であるからしてミネアポリスにもさほど興味が無い・・・。
しかしベガスのフラミンゴ・ヒルトンに行った際とLAのハリウッドボウルを訪れた時は違って妙に気分が高揚した。
フラミンゴ・ヒルトンといえばバグジーがネバダの砂漠に最初のカジノを作った場所であり、ここを中心に大好きな街「ラスベガス」が広がっていった中心地だからである。
ハリウッドボウルはビートルズが公演を行ない、唯一のライヴレコーディング盤がリリースされたことで有名な会場である。閉館時にそのステージに上がれる機会があったのだが、嬉しかったのはビートルズのメンバーが演奏をした同じステージに立てたからではなく、モンティパイソンのメンバーがライヴを行なったステージだったからである。

話をNYに戻す。
最初に立ち寄ったのはセントラルパークに隣接したダコタハウス。ジョンとヨーコが住んでいた所で、映画「ローズマリーの赤ちゃん」のロケ地にもなったゴシック建築のクラシカルなアパートである。そしてジョンがチャップマンの凶弾に倒れた場所でもある。
その正面玄関には自分と同じようにビートルズファンであろう若者達がジョンの倒れていた場所を見下ろしていた。どこにもアフォな奴はいるもので、その玄関前に倒れ込んで写真を撮ろうとし警備員に注意されている輩もいた。
この警備員は一日に何回同じような輩に注意をしているんだろう・・・と思いながら、通りを渡りセントラルパークへと歩を進めた。
ダコタハウスの向かいのセントラルパークの入り口には「Strawberry Fields」と書かれた標識が掲げられていて細い小道になっている。そしてその道を進むとIMAGINEのレリーフのある広場になる。そのレリーフの周りにはファンからの花やロウソクが並べられていた。これはこの日に限ったことではなく絶えず供えられているようだ。
その場所を訪れた時はさすがに感傷深くなった。

以前はこの日を迎えると1980年の12月8日を思い出したものだが、今ではNYを訪れた時のことを思い出すようになった。

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by masa2soul | 2004-12-08 13:29 | FAB4
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